小林麻央のブログで海老蔵との最後のやりとりが話題に。余命末期でも頑張れた理由とは?

2017年6月22日に訃報が伝えられたアナウンサーの小林麻央さん

市川海老蔵さんと結婚し、かんげん君とれいかちゃんという二人の子だからにも恵まれ幸せそうな毎日を送っていましたが、2016年に重い乳がんということを公表していました。

小林麻央さんはブログ『kokoro』で元気な姿を見せていましたが、2017年6月20日の更新を最後にして6月23日に訃報が報道されました。

 

小林麻央のプロフィール

本名・堀越麻央(ほりこし まお)

旧姓と芸名:小林麻央(こばやし まお)

生年月日:1982年7月21日(34歳没)

血液型:A型

身長:164cm

最終学歴:上智大学文学部心理学科

※画像はセントフォース事務所公式サイトより出典

 

小林麻央のブログ『kokoro』で明かした心の中

小林麻央さんは1年前に乳がんを公表した時と同時にブログ『kokoro』を開設しました。

『kokoro』では辛い心中を吐露したり、日々の幸せや楽しかったことを書き記し、『kokoro』は小林麻央さんの生きた証のようなブログになっていました。

小林麻央さんと同じように重い乳がんになってしまった女性が、小林麻央さんの言葉に励まされて辛い治療を頑張っているというコメントを残しているのも見かけました。小林麻央さんは自分の病気を公表することで、同じように苦しんでいる方々を励ましたい、支え合いたいと考えていたようです。

夫である市川海老蔵さんのことだけでなく、娘のれいかちゃんと息子のかんげん君のことも書かれていて、家族で支え合って乳がんという病気に立ち向かっていることがよくわかりました。

 

姉・小林麻耶も献身的にサポート

小林麻央さんと同じくアナウンサーの小林麻央さんも、妹の乳がん治療と入院を献身的にサポートしていました。

小林麻耶さんと言えばブリッコキャラ、結婚できないキャラが定着していますが、妹が大好き過ぎることでも有名で、妹の小林麻央さんのためなら私は命も投げ出せると思っていたそうです。

しかし、普通だったら自分が先に天国へ行くはずが、妹の小林麻央さんが先に逝ってしまいました。妹を本当に心から愛していた小林麻耶さんなので、辛い気持ちを思うと本当にこちらも胸が痛くなります。

また、小林麻耶さんは、小林麻央さんが乳がんを公表するちょっと前に収録中に倒れて救急車で運ばれているので、これからの体調回復や心の回復もかなり心配してしまいます。

小林麻耶、小林麻央、どちらも『恋のから騒ぎ』で活躍

小林麻耶公式サイトより出典

小林麻耶さんが『恋のから騒ぎ』でタレントとして有名になったのは皆さんご存知でしょうが、実は妹の小林麻央さんも『恋のから騒ぎ』がきっかけでアナウンサーに転身しました。

姉の小林麻耶さんがブリッコで男好きなのに対して、妹の小林麻央さんは純粋に次ぐ純粋!!『恋のから騒ぎ』当初は男性との深い交際経験もないということでさんまさんでびっくりされていました!

 

小林麻央と海老蔵の馴れ初めは?

そんな意外な経歴もある小林麻央さんですが、無事アナウンサーになり『ニュースゼロ』で活躍していましたよね。実はこのニュースゼロ時代に、市川海老蔵さんと対談したことがきっかけで交際に至りました。

馴れ初めは「小林麻央さんが対談で市川海老蔵さんと出会う→市川海老蔵さんが小林麻央さんに一目惚れ→毎日プロポーズの言葉を言う→ついに交際する!→結婚!」という感じみたいです。海老蔵さん、かなり攻めましたね(笑)。


結婚会見では笑顔が絶えず、小林麻央さんは市川海老蔵さんと結婚してとても幸せそうでしたよね。

市川海老蔵さんは六本木での事件があったりと家族に心配かけることをしてはいましたが、小林麻央さんは家庭ではいつもニコニコ笑顔を絶やさず市川海老蔵さんを許していたのでしょう。そんな小林麻央さんの姿を見て、やんちゃだった市川海老蔵さんも改心していったのだと思います。

市川海老蔵さんには隠し子報道もありましたが、小林麻央さんと結婚し家庭を持ったことで、フラフラしていない真人間になった感がありました。

小林麻央さんは天国へ行ってしまいましたが、市川海老蔵さんの中には大切な自分の一部として小林麻央さんは残り続けてくれることでしょう。

 

小林麻央のブログで海老蔵との最後のやりとりが話題に。

小林麻央さんはブログ『kokoro』の更新を亡くなる二日前の26月20日まで更新していました。お母さんが絞ってくれたオレンジジュースを美味しそうに笑顔で飲む小林麻央さんに、癒されたり元気をもらった方も多かったと思います。

そして、市川海老蔵さんは、20日、21日、22日、23日と、普段通りにブログを更新していました。

このブログの更新から、小林麻央さんと市川海老蔵さんの夫婦の間で、妻が亡くなってもいつも通りを大事にしようとしていた最後のやりとりがわかります。

市川海老蔵さんは妻である小林麻央さんが体調を崩してしまったであろう21日、そして亡くなった22日も仕事をいつも通りにこなしていました。

こういう時役者というのはタヒに目に会えないかもしれないというところで辛い職業ですが、市川海老蔵さんは小林麻央さんがいつも応援してくれていた歌舞伎の仕事を頑張ることで、悲しみと向き合っていたのでしょう。


小林麻央さんの命日である2017年6月22日に市川海老蔵さんは「今日は疲れました」とブログに書いていましたが、心の準備をして来ていたとしても別れは非常に辛かったはずです。

これからはコドモ二人を抱えつつ自分の家族や小林麻央さんの家族にも協力してもらいながら子供を育てることになりますが、どうか無理しないで時には息抜きして過ごしてほしいものです。

小林麻央さんのブログはファンの方との交流の場でしたが、市川海老蔵さんとの最後は、小林麻央さんにとって一番大切なものになったのではないでしょうか。

今頃『自分の最後はやっぱり幸せだったな』と小林麻央さんはいつも通りの笑顔で微笑んでいる気がします。

 

小林麻央が余命末期でも頑張れた理由とは?

最後はゆっくりと亡くなった小林麻央さんですが、余命が2016年の夏ごろと言われていたのにも関わらず奇跡を起こし1年生き続けました。

「末期では?」「もう余命も最後で亡くなるのでは?」という報道はことあるごとになされていましたよね。

しかし、余命があとちょっとでも末期がんだったとしても、小林麻央さんはkokoroを強く持って頑張り続けました。小林麻央さんはkokoroを強く持ちたいと思いブログのタイトルも『kokoro』にしたほど、乳がんと共に生きて幸せに過ごすことを最後は体現していました。

市川海老蔵さんもブログで言っていましたが「小林麻央さんは強い」この一言に尽きますね。


乳がんが発覚した時点でリンパなどへの転移もあり末期がんだったようですが、1年頑張り続けるというのは本当に根気のいる想像を絶する辛いことです。

そんな小林麻央さんが、余命が出て末期がんと発覚しても笑顔で頑張り続けられた理由は、やはり子供の存在でしょう。

かんげん君とれいかちゃん、小林麻央さんは母親として二人に愛情を溢れんばかり与えていました。かんげん君もれいかちゃんも小林麻央さんのことが大好きだったようですね。

余命や末期がんについて小林麻央さんが知った時、はじめに頭に走ったのは間違いなく子供のことだったはずです。母親って子供の心配と愛情が尽きないんですよね。今ももしかしたら、向こうで子供たちの心配をしているかもしれません。

しかし、ここは市川海老蔵さんや姉の小林麻耶さんに任せて、見守っていて欲しいです。

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小林麻央、市川海老蔵のまとめ

小林麻央さんの余命や末期の乳がんの報道が出て、1年ほど小林麻央さんは頑張り続けました。

ブログ『kokoro』でも同じような境遇の方々を励まし、小林麻央さんが末期がんであっても元気にしていることが、どれだけ他の人を幸せに思わせたでしょうか。

市川海老蔵さんや家族に子供たちのことを任せ、最後は向こうでゆっくりとお疲れ様の儀式をして欲しいなと思います。

最後に、、、

ドラマ『おいしいプロポーズ』での小林麻央さんの演技が、私は一番好きでした。小林麻央さんの優しい人柄も出た演技を観た時から私は小林麻央さんのファンでした。

小林麻央さんはアナウンサーに、女優に、本当に芸の幅が広く面白い方でした。

これから小林麻央さんをもう見ることはできないのだなと思うと、悲しくで何も言えません。

故人の安らかなるご冥福をお祈り申し上げます。

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